DIARY
005
 「必然性のある偶然」というテーマが私の生活の中での主題になってしまいました。チャンスはいったいどこからやって来るのかという疑問についてずっと考えています。自分なりの公式まで考え出しました。『一度チャンスを逃してしまうと次のチャンスまで2倍、ひょっとしたら10倍も長く待たないといけない!』がそれです。
 運命はチャンスを時々与えてくれるのですが、それが自分のためのチャンスなのかどうかはわかりにくいもの。でもその瞬間を逃さないように自分を促してくれる何かが必ず起きるものだということも知りました。『天の声』のような何かが…。
 ある朝珍しく5時に目が覚めたのでパソコンを開きました。そのしばらく前に友人がお台場の『日本科学未来館』に必ず行くようにと言っていたのを思い出し、アクセスと催し物の予定を見るためにサイトをのぞいてみました。すぐに目に止まったのはテルミンのコンサートがあり、ちょうどその日が初日だという告知でした。すごい!
 テルミンの生演奏を前からぜひ聴きたかったのですが、とても珍しい楽器なので絶望的かなとも思っていました。そういうわけで早速その日の予定を全部キャンセルして『未来館』にすっ飛んで行きました。高速道路の渋滞に引っかかり、少し遅れて着いてしまいました。駆け込んだ館内ではチェロに似た音がすでに入り口のホール全体に響きわたっていました。胸をときめかせてエスカレーターで3階まで行くと、広くはない場所に人だかりがしていて、中央では若い女性がピアノの伴奏に合わせて小さな箱の上で手を動かしていました。まるで魔法です!どこから音が出て来るのやら!どこか違った次元から湧き出てくるような感じ。しかも一番不思議なのはこの楽器はシンセサイザーの元祖とよばれていることです。
 曲が終わると女性はテルミンの音は電波から生まれるというような構造について話してくれました。どうにかして一度でいいからこの珍しい楽器を触れないものかと思ったとたん、「誰かやってみたい人いますか?」と彼女が言ったのです!!!!!!!!!!さあチャンス、ぜがひでも捕まえないと!残るは私の願望がどれだけ強いかどうかでした。人だかりの中から前に進み出て、小学生のように手を上げて大声で叫びました。「はい!」
 他にも希望者がいたようですが、なんてったって私が先。魔法の箱の前に立った時、私が味わったのは、「笑われたって構うもんか」といういつにない気持ちでした。もちろんうまく演奏できるはずなんてないことは明らか。確信のないことを他人に見せるのは私の本意ではありません。そこが歌手として、プロとして一番はっきりしている点です。でもその時は人生で唯一のチャンスだという願望と意識が私の本来の≪コンプレックス≫に打ち勝ち、私に一歩踏み出させたのです。
 話はこれで全部。女性の演奏者が私の手を箱の上にかざし、ピアニストが感情を込めて即興演奏し始めるとサイレンのような音が鳴り出して、それから…と続ける必要はありませんね。音程を≪探り出そう≫と全力を尽くしたのですがうまくゆきませんでした。でも重要なのはうまく演奏するかどうかではなく、「テルミンを演奏したんだよ!」と後で友だちに自慢することでもなく、チャンスを利用して自分を≪変えた≫、≪やり直した≫、≪作り変えた≫ということであり、まだ何かはわからないけれども何かまた新しいことがらへのスタートとして運命が与えてくれたチャンスを生かすことができた、そのこととなのです。


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